夫婦間の溝の修復
昨日の記事を見ると、なんて冷めた夫婦なんでしょうね
確かに、今は一緒に出掛けることはほとんどなくなったけれど、
言い争いをするわけでもないし、
一緒にいれば普通に話もするし、
時には冗談も言ったりして(おやじギャグに付き合わされます)
今はそんなに問題はないと思います。
子どもも大きくなってきたので
(そうは言っても心配事は尽きないのですが)
子どものために自分の時間を使うのではなく、
夫婦も自分自身の時間を楽しんで
相手を束縛しないというスタイルになってきたということでしょうね。
細く長く続けるにはそれでいいのかなとも思います。
そうなってきたのは、やはりケン太の不登校があってのことです。
元々は仲がよかった夫婦なのに、
ケン太の対応のことで意見が食い違い、
言い争いにもなり・・・
主人に、ケン太の前で罵倒されたことが何度もあります。
「ケン太が学校に行かないから、お父さんとお母さんの仲が悪くなった。
だから学校に行ってくれ」
なんて言ったことも。
子どもの前でなんでそういうことを言うんだろうと、さらに主人を否定してしまっていましたが、
例え、ケン太がいないところであっても、
同じだったんじゃないかと思います。
お互いがお互いの考えを主張し
自分の考えをわかってもらうことしか考えていませんでした。
相手の考えを認めず、受け入れることなど考えていなかったです。
夫婦間で生まれてしまった溝。
さらに家庭内の空気を重くしていました。
隠そうとしても感受性の強いケン太には隠しきれなかったと思います。
「お父さんとお母さんは仲良くしてほしい」
「2人で出かけてほしい」
とケン太に泣かれたことがあります。
結局はケン太を一番、傷つけてしまいました。
いったい何をやっていたんだ・・・と思いました。
今でも考えは違うのです。
それはお互いにわかっています。
それを主張しあうとどうなるかということも・・・
ケン太のために争うことが一番、ケン太によくないこと。
それがわかってからは、
それぞれの考えがある。
相手を変えることはできない。
それを認めあうことはできるようになりました。
そう思えるようになると
相手に対して寛容な気持ちも生まれてきます。
それと・・・
ケン太のことは、今、始まったことではないし、
だいぶ、慣らされてきたのもあると思います。
親が何か言って、動かすのは難しい年齢ですし、
なるようにしかならないだろうな・・・という気持ちになってくる。
お互い、そこに向かうことで、
心の距離が少し近づいてきたかもしれません。
主人はケン太には何も言いませんが、
そうはいっても気になるんです。
気になると何か言いたくなる。
だから距離を少し置いて、見えないところに自分を置いています。
家族に深入りしないことで保っていると思います。
(そこはもう少し主人に出て欲しい私との考えの違いなのですが)
夫婦間でも少し距離を置く。
お互いに自分の時間を楽しむようにすれば、心に余裕が生まれ
それまで気になっていた相手の言葉も
そんなに気にならなくなるかもね。
今日はいつも離れている夫婦間の距離を少し埋めるべく
主人を居酒屋に誘いました。
すると、近所に「蝦夷料理店」と看板が出ているお店があり
ジンギスカンが食べられるらしいので、そこに行ってみたいと。
ナビで調べると徒歩16分。
ひとり自転車持っていない人がいるので歩くことに。
お店に入ると・・・誰もいない。
お客さんは最初から最後まで私達のみ。
想定はしていましたけどね。
ちょっと寂しかったけど、ジンギスカンは美味しかったです。



ジンギスカンはやはりこの鍋だね。
野菜を敷いて、その上にラム肉。
こうすると蒸気で少しずつ熱が通るのでお肉が柔らかくなります。
こちらでは味付けのラム肉しかなかなか手に入らないのですが、私は生ラムにタレつけて食べるのが好きです。

ラーメンサラダ

ザンギのソースかけ。
北海道で、鶏のから揚げのことを「ザンギ」と言いますが、
下味がキチンとついています。
ソースがかかったサンギは初めてだけど、なくてもよかったかもね
帰りにスーパーに寄り、3人それぞれのアイスを買って食べました。
通りがかりに、これまで知らなかったお店をいろいろ発見し、
まるでぶらり散歩みたいで、結構、楽しかったです。
「今度この店に入ってみようか」と主人が・・・
次に繋がる言葉ですね。
これからも程よく距離感を保ちつつ・・・
たま~に一緒に出掛けたいと思います
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確かに、今は一緒に出掛けることはほとんどなくなったけれど、
言い争いをするわけでもないし、
一緒にいれば普通に話もするし、
時には冗談も言ったりして(おやじギャグに付き合わされます)
今はそんなに問題はないと思います。
子どもも大きくなってきたので
(そうは言っても心配事は尽きないのですが)
子どものために自分の時間を使うのではなく、
夫婦も自分自身の時間を楽しんで
相手を束縛しないというスタイルになってきたということでしょうね。
細く長く続けるにはそれでいいのかなとも思います。
そうなってきたのは、やはりケン太の不登校があってのことです。
元々は仲がよかった夫婦なのに、
ケン太の対応のことで意見が食い違い、
言い争いにもなり・・・
主人に、ケン太の前で罵倒されたことが何度もあります。
「ケン太が学校に行かないから、お父さんとお母さんの仲が悪くなった。
だから学校に行ってくれ」
なんて言ったことも。
子どもの前でなんでそういうことを言うんだろうと、さらに主人を否定してしまっていましたが、
例え、ケン太がいないところであっても、
同じだったんじゃないかと思います。
お互いがお互いの考えを主張し
自分の考えをわかってもらうことしか考えていませんでした。
相手の考えを認めず、受け入れることなど考えていなかったです。
夫婦間で生まれてしまった溝。
さらに家庭内の空気を重くしていました。
隠そうとしても感受性の強いケン太には隠しきれなかったと思います。
「お父さんとお母さんは仲良くしてほしい」
「2人で出かけてほしい」
とケン太に泣かれたことがあります。
結局はケン太を一番、傷つけてしまいました。
いったい何をやっていたんだ・・・と思いました。
今でも考えは違うのです。
それはお互いにわかっています。
それを主張しあうとどうなるかということも・・・
ケン太のために争うことが一番、ケン太によくないこと。
それがわかってからは、
それぞれの考えがある。
相手を変えることはできない。
それを認めあうことはできるようになりました。
そう思えるようになると
相手に対して寛容な気持ちも生まれてきます。
それと・・・
ケン太のことは、今、始まったことではないし、
だいぶ、慣らされてきたのもあると思います。
親が何か言って、動かすのは難しい年齢ですし、
なるようにしかならないだろうな・・・という気持ちになってくる。
お互い、そこに向かうことで、
心の距離が少し近づいてきたかもしれません。
主人はケン太には何も言いませんが、
そうはいっても気になるんです。
気になると何か言いたくなる。
だから距離を少し置いて、見えないところに自分を置いています。
家族に深入りしないことで保っていると思います。
(そこはもう少し主人に出て欲しい私との考えの違いなのですが)
夫婦間でも少し距離を置く。
お互いに自分の時間を楽しむようにすれば、心に余裕が生まれ
それまで気になっていた相手の言葉も
そんなに気にならなくなるかもね。
今日はいつも離れている夫婦間の距離を少し埋めるべく
主人を居酒屋に誘いました。
すると、近所に「蝦夷料理店」と看板が出ているお店があり
ジンギスカンが食べられるらしいので、そこに行ってみたいと。
ナビで調べると徒歩16分。
ひとり自転車持っていない人がいるので歩くことに。
お店に入ると・・・誰もいない。
お客さんは最初から最後まで私達のみ。
想定はしていましたけどね。
ちょっと寂しかったけど、ジンギスカンは美味しかったです。



ジンギスカンはやはりこの鍋だね。
野菜を敷いて、その上にラム肉。
こうすると蒸気で少しずつ熱が通るのでお肉が柔らかくなります。
こちらでは味付けのラム肉しかなかなか手に入らないのですが、私は生ラムにタレつけて食べるのが好きです。

ラーメンサラダ

ザンギのソースかけ。
北海道で、鶏のから揚げのことを「ザンギ」と言いますが、
下味がキチンとついています。
ソースがかかったサンギは初めてだけど、なくてもよかったかもね
帰りにスーパーに寄り、3人それぞれのアイスを買って食べました。
通りがかりに、これまで知らなかったお店をいろいろ発見し、
まるでぶらり散歩みたいで、結構、楽しかったです。
「今度この店に入ってみようか」と主人が・・・
次に繋がる言葉ですね。
これからも程よく距離感を保ちつつ・・・
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