ケン太とのprecious days

3度の不登校を経て、なんとか高校を卒業し、社会人になったケン太。社会での成長&安定を見守る母のブログです。

「不登校」の「大変」なこと

みぃみ
先日、映画を観た翌日、コーチに映画を観に行ったという話をしたら
「なんの映画、観たんですか?」

「え~と水がなんとか?だったっけな~?忘れた」
「え~??忘れちゃったんですか~?」

そして、また少ししたら来て
「映画のタイトル、思い出しました~?笑」
「思い出せない~笑」
「え~??笑」

なんてことがありました。
認知症、危ないですよ(笑)


昨日の夜、ケン太に、一昨日のハッシュドビーフを出しました。
しかし、なかなか減らない

しばら~くたって、

「あ、俺、マック食べてきたんだった。Lセットにポテト追加したんだった。
それ、今、思い出した!お腹一杯のはずだ~俺、ヤバいね。もう認知症、始まってるわ」

親子で危ないです(笑)


母の認知症ですが、一番、大変だったのは外に出てしまうということ。
ケン太(犬)がいたので、散歩に出ようとするんです。
それも何回も。ケン太も嫌がらないので

気が付いたら家にいないんです。
玄関にセンサーつけて出入りがわかるようにしたり、携帯を持たせて、もしもの時は、GPSで追いかけたり、
工夫はしていたのですが、100%は防げない。

警察にも何度もお世話になりました。

今は、靴にGPSを埋め込んだり、爪に身元情報がわかるQRコード付のシールを貼ったり?
いろいろ対策も出てきているようですね。

ご近所さんも友達も、私がいつも母を探しに出ていたことは知っているので、
「よく頑張っているよ」「大変だね」といつも労ってくれました。

母が亡くなってからも、親の話題になった時など、
「みぃみさんに比べたら、こんなことたいしたことじゃないよね?」とか、

認知の症状が出てきたというような話の時も、
「みぃみさん、よくイライラしないでやってたよね~」とか?

当時の私を思い出してそのように言ってくれる時もあります。

介護は大変というイメージは皆の共通項であるので、
誰もが同じように言ってくれるのです。

確かに、母の介護は結構、大変でしたが、
私としては、ケン太の不登校も結構、大変だったんです。

「大変さ」の種類はちょっと違うかもしれませんが、
「大変だった」というのは一緒でして。

でも、「不登校の時、たいへんだったよね?」と言われたことはないと思います。

不登校というのは、多分、それぞれが皆、それぞれのイメージを持っていると思うんです。
「なんで行かせないの?」「親も子も甘い」と思う方もいるしね。
だから、家でゲームばかり。昼夜逆転しているとか、
そういうこともあまり言えなくなる。

言いたくないし、聞かれたくないから、人目を避けるようになる。
どうしても親は孤立しがち。

周りが必ずしも理解してくれているわけじゃないこと。
もしかして、否定的にみられているかも?というダメージは結構大きいです。


「大変」だと思ってほしいということではないんです。

だだ大変であっても、「大変だったね」「よくやってたね」と労ってもらえると、
少し心が軽くなります。

「不登校」は必ずしもそうじゃないということ。

それが「不登校」の「大変さ」だなと私は感じていました。





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