幸せの価値観
昨日、勉強の遅れのことについて書きましたが、
『9月入学』案を支持する声が高まってきていますね。
非常事態だからこそ、新しい何かが生まれるチャンスでもあります。
期待したいです。
あと半年近く家にいるという怖さを感じる方もいらっしゃると思います。
環境が変わる方は、新しい環境への期待、不安がさらに先延ばしになるので、
メンタルを保つのが大変な方もいるかもしれません。
でも、なんとか乗り越えていきましょうね。
ケン太は、ほぼ毎日、ピアノを弾いています。
働いている時は、帰りが遅いので、なかなか弾く時間がなかったのですが、
今は思いついたら、ピアノに触れ、ちょっと弾いて去っていき、また思いついたら触れ・・・という毎日。
やっぱり好きなんですね。
でも、決して集中して弾くことはない。
これもケン太です。
私の方は、4月に入ってからピアノに触れてないかも
練習曲、何だっけ状態?
「みぃみ、ピアノ練習していないんじゃない?」とケン太にも言われてしまいました。
マズいです
友達と会わない、遊びに行かない生活が1カ月近く経っているわけですが、
あちこちで退屈ボヤキの声が聞こえるようになってきました。
これまで、打ち合わせや、時間の確認等しかやりとりがなかった、グループLINEも、
近況報告したり、近くのコロナウイルス情報を交換したり、
昨日は、近くのテイクアウトをやっているお店情報の交換。
いつも利用しているお店が潰れてしまったら悲しいよね。せめて、テイクアウト利用したいね、などという声があがり、
今日は、さっそくテイクアウトした友達が、その画像をアップしてくれました。
そのたびに、「そろそろ家にいるの飽きてきた~」
「でも出かけるわけにはいかないよね~」
などというボヤキの声も必ずのようにあがります。
「だよね~」と書き込みしつつも、今一つ、反応が薄い私
実は私、家にいるの全然、飽きてないのです。
庭の改造中ということもありますが、まだまだやりたいこともあるし、
もっともっと時間が欲しいくらいです。
1日があっという間に過ぎていきます。
家の中に缶詰ではなく、買い物は出来ているしね。
考えてみたら、私、「暇だ~何しよう~」って思ったことないかも。
時間ができたらやりたいということが常にあって、
いつも追い付いていない感があります。
そうはいっても、こんなに長い自粛ですからね。
どこかで、家の生活に飽きるだろうと思っていましたが、
そうでもないんだ~と、自分でもびっくりしています。
私『幸せの価値感』というものが、変わってきたという実感があります。
日々、なにげない生活を送れることが、一番の幸せなんです。
波風が起きない日々の生活があれば、もうそれだけで十分です。
今、そういう日々が送れているからなんだろうと思います。
何処かに行けて幸せ~美味しい物を食べられて幸せ~
では、ないんです。
もちろん、それができれば嬉しいけど、無くても大丈夫なんです。
そういうことが重要なことではなくなっています。
これはケン太の不登校の経験があったからです。
いろんな「要求」や「期待」が、どこかに行っちゃいましたから。
そういうものは、は持たない方が「楽」だとわかりましたから。
余計な物が身体から抜けて、とっても身軽になりました。
これも非常事態から生まれたものかも。
不登校を『非常事態』とすることを嫌う方もいらっしゃるかな?
でも、私は『非常事態』として危機感を持つことができたから、
自分が変われたんだなと思っています。
変われたことは、よかったなと思います。
まだまだ変われる余地はあると思いますけどね
『9月入学』案を支持する声が高まってきていますね。
非常事態だからこそ、新しい何かが生まれるチャンスでもあります。
期待したいです。
あと半年近く家にいるという怖さを感じる方もいらっしゃると思います。
環境が変わる方は、新しい環境への期待、不安がさらに先延ばしになるので、
メンタルを保つのが大変な方もいるかもしれません。
でも、なんとか乗り越えていきましょうね。
ケン太は、ほぼ毎日、ピアノを弾いています。
働いている時は、帰りが遅いので、なかなか弾く時間がなかったのですが、
今は思いついたら、ピアノに触れ、ちょっと弾いて去っていき、また思いついたら触れ・・・という毎日。
やっぱり好きなんですね。
でも、決して集中して弾くことはない。
これもケン太です。
私の方は、4月に入ってからピアノに触れてないかも
練習曲、何だっけ状態?
「みぃみ、ピアノ練習していないんじゃない?」とケン太にも言われてしまいました。
マズいです
友達と会わない、遊びに行かない生活が1カ月近く経っているわけですが、
あちこちで退屈ボヤキの声が聞こえるようになってきました。
これまで、打ち合わせや、時間の確認等しかやりとりがなかった、グループLINEも、
近況報告したり、近くのコロナウイルス情報を交換したり、
昨日は、近くのテイクアウトをやっているお店情報の交換。
いつも利用しているお店が潰れてしまったら悲しいよね。せめて、テイクアウト利用したいね、などという声があがり、
今日は、さっそくテイクアウトした友達が、その画像をアップしてくれました。
そのたびに、「そろそろ家にいるの飽きてきた~」
「でも出かけるわけにはいかないよね~」
などというボヤキの声も必ずのようにあがります。
「だよね~」と書き込みしつつも、今一つ、反応が薄い私
実は私、家にいるの全然、飽きてないのです。
庭の改造中ということもありますが、まだまだやりたいこともあるし、
もっともっと時間が欲しいくらいです。
1日があっという間に過ぎていきます。
家の中に缶詰ではなく、買い物は出来ているしね。
考えてみたら、私、「暇だ~何しよう~」って思ったことないかも。
時間ができたらやりたいということが常にあって、
いつも追い付いていない感があります。
そうはいっても、こんなに長い自粛ですからね。
どこかで、家の生活に飽きるだろうと思っていましたが、
そうでもないんだ~と、自分でもびっくりしています。
私『幸せの価値感』というものが、変わってきたという実感があります。
日々、なにげない生活を送れることが、一番の幸せなんです。
波風が起きない日々の生活があれば、もうそれだけで十分です。
今、そういう日々が送れているからなんだろうと思います。
何処かに行けて幸せ~美味しい物を食べられて幸せ~
では、ないんです。
もちろん、それができれば嬉しいけど、無くても大丈夫なんです。
そういうことが重要なことではなくなっています。
これはケン太の不登校の経験があったからです。
いろんな「要求」や「期待」が、どこかに行っちゃいましたから。
そういうものは、は持たない方が「楽」だとわかりましたから。
余計な物が身体から抜けて、とっても身軽になりました。
これも非常事態から生まれたものかも。
不登校を『非常事態』とすることを嫌う方もいらっしゃるかな?
でも、私は『非常事態』として危機感を持つことができたから、
自分が変われたんだなと思っています。
変われたことは、よかったなと思います。
まだまだ変われる余地はあると思いますけどね