あの時、暴れてくれてよかったのかも・・・
ゲーム依存って、不登校と切って離せない問題と思いますが、
皆さん、どうされているんでしょうかね。
けん太の場合は、不登校になった時、起きている間はずっとゲームしていました。
疲れたら、その場に倒れ込むように寝て、起きたら、またゲーム。
そんな生活でした。
当時は、まだ、携帯でゲームする時代ではなかったので、パソコンで。
無料のオンラインゲームというのがいろいろ出てきた頃で、それを次から次へとやっていました。
私のパソコンでね。小学5年生の男子にパソコンを占領されていたのです
ちょっと何か言ったら、2時間、暴れる頃だったので、もう、親は何も言えず、
けん太は、やりたい放題でした
あの頃、制限をかけていたのなら、何か変わっていたのでしょうか・・・
先日、不登校になり「ゲーム依存」になった中一男子の記事を読みました。
母が、なんとかゲームを止めさせようと、ゲームを取り上げたり、ネット遮断をしたり・・・
その当時のことを、今では、後悔しているという内容でした。
男の子はゲームの制限をかけられ、反逆にでます。
食べ物を床にばらまいたり、壁に投げつけたり・・・
家族との対話を拒み、部屋に引き籠りました。
男の子は、ゲームを楽しんでいたわけではなかったのです。
学校に行かないことへの罪悪感でいっぱいで、ゲームがなければ生きていけないという恐怖があったそうです。
母は制限は諦めましたが、病院へ連れていき、半ば強引に入院させます。
男子は「こんなところへ入れやがった」と怒りに満ちたそうです。
2か月半後に、退院しましたが、
両親に「ゲームは絶対にやめない」と宣言。
入院前と同じように、長時間ゲームをやり続ける日々。
中2になり、別の病院で「ゲーム依存の回復プログラム」を受けることに。
そこの医師は、「ゲームをやめろ」とは言わなかったそうです。
ただ雑談をするのみ。
それが楽しかったそうです。
「自分のことをわかってくれる」と思えたそうです。
ゲームを止めたわけではないが、心の状態は少しずつ改善していったようです。
まず、料理を作るようになった。(母の作ったものを食べないでいたら、母が作ってくれなくなったため)
高校に進学したいと思うようになった。
それは、ゲーム内でアイテムを手に入れるためには、高校生になってバイトをする必要があったから。
そして、単位制高校に進学し、登校できるようになったそうです。
アルバイト仲間もでき、ゲームから離れる時間も増えていったとのこと。
母は、幼少の頃より、細かいことに口を出し、管理しようとしたことを後悔しているそうです。
コントロールしようとせず、楽しく会話ができる関係であれば、それだけでよかったのかも・・・と思われているそうです。
けん太の場合・・・
制限は無理でしょうね。
それでなくても、包丁を突き付けられていたのですから、
制限などかけたら、流血事件になっていたかも
抵抗はせず、仕方なく、制限を受け入れたとしても、
心では「許さない」と思っていたりね。
親子関係が余計に悪化してしまう可能性も。
だから、あの時、けん太が思い切り暴れてくれてよかったかなと今では思っています。
管理しようなんて思えなくなりますもん
なによりも今、普通に話せています。
特に真剣な話をするわけでもなく、雑談ばかりですが。
それがいいのかなって思っています。
今はゲームは、ほとんどやっていません。
昨日はご機嫌に、ベースを弾いていました。
やはり、あの頃は、ただじっとしていたら、学校のことを考えてしまうので、
ゲームに没頭していたかったんだろうなと思います。
